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仙台地方裁判所 昭和61年(ヲ)100号 決定 1986年8月01日

申立人(買受人) 渡辺勝好

申立人代理人弁護士 村上敏郎

主文

仙台地方裁判所昭和五八年(ケ)第一二六号不動産競売事件について、同裁判所が、昭和六〇年一一月二〇日にした「申立人に対し、別紙物件目録記載の不動産の売却を許可する。」旨の売却許可決定は、これを取消す。

理由

1  申立人代理人は、主文と同旨の決定を求め、その申立の理由は別紙記載のとおりである。

2  そこで、判断するに、本件記録によれば、次の事実を認めることができる。

(1)  別紙物件目録記載の不動産(以下、「本件不動産」という。)は、債権者同和火災海上保険株式会社・債務者兼所有者佐山栄潤間の同裁判所昭和五八年(ケ)第一二六号不動産競売事件の目的不動産であるところ、同裁判所に対し、評価人佐藤邦彦は、同年八月一三日「本件不動産の評価額は、同年六月二〇日現在で、宅地が金三五二万八〇〇〇円、建物が金一〇一一万一〇〇〇円、計金一三六三万九〇〇〇円〔一括価額〕である。」旨記載した評価書を、次いで、同裁判所執行官菅原久治は、同年八月三〇日「同月二九日現在、上記債務者が本件不動産に居住しこれを占有している。」等と記載した現況調査報告書を各提出した。そこで、同裁判所は、同年一〇月、前記評価額に基づき、本件不動産の最低売却価額(一括売却価額)を同評価額と同じ金一三六三万九〇〇〇円と定め、これに関する物件明細書を作成したうえ、この明細書とともに前記評価書及び現況調査報告書を同裁判所内に備え置き、その後、四回にわたって期間入札の方法による本件不動産の売却を実施したところ、その四回目の入札期間中である昭和六〇年一一月六日、申立人より、本件不動産を金一三七〇万円(一括売却価額)の最高価で買受ける旨の申出がなされたので、同月二〇日、申立人を適法な最高価買受申出人と認め、申立人に対し、同金額でこれを売却することを許可する旨の主文掲記の許可決定をした。しかし、申立人は、未だ上記金額を納付するに至ってはいない。

(2)  ところが、本件不動産については、前記買受申出当時、すでに暴力団組員鈴木博がこれを占有(ただし、占有の始期は不明)し、うち建物を暴力団組事務所として使用していたところ、その買受申出前である昭和五九年六月二六日、同建物六畳間において、元暴力団組員菅野七郎(当時三六才)が、前記鈴木ほか一名の暴力団組員より、長時間にわたって木刀等で全身を殴打される等の暴行を受け、その結果、外傷性ショック死するという不祥事件(以下、「リンチ殺人事件」という。)が発生したが、その際、同所は、飛び散った前記菅野の血が、その周囲の壁・襖及び畳等に付着し、その血痕を残すという惨状を呈した。

(3)  しかしながら、申立人は、前記買受申出当時、その建物内でリンチ殺人事件が発生したことを全く知らないまま(前記評価書及び現況調査報告書は、いずれも同事件発生以前に作成・提出されたものであり、この点についてはなんらの記載もされていなかった。)、前記のとおり、本件不動産買受けの申出をし、その旨の許可を得たが、この事実を知っていたならば、本件不動産を前記金額にて買受ける意思はなかったものであり、別紙記載の理由により、昭和六一年三月二〇日同裁判所に対し、前記売却許可決定取消の申立をするに至ったものである。

(4)  その後、同裁判所は、同年四月三日、前記評価人に対し、本件不動産につき、リンチ殺人事件があったことを前提とする評価額の算出を求める旨の補充評価命令を発したところ、同評価人より、同年五月二〇日に「同年四月一日の時点において、本件不動産については、一応、宅地が金四六三万円、建物が金九四九万七〇〇〇円、計金一四一二万七〇〇〇円と評価することができるけれども、前回の評価後、一般的市場性減価のほか、リンチ殺人事件が発生したことによる市場性減価が認められ、その減価率を、前者につき二〇パーセント、後者につき三〇パーセントと査定して計算すると、結局、本件不動産の評価額は金七九一万一〇〇〇円となる。」旨記載された補充評価書が提出された。

3  以上の事実によれば、本件不動産におけるリンチ殺人事件発生の事実は、本件不動産の価格になんらかの影響を及ぼすものと考えられるところ、前記評価人による補充評価額は、このような事実がなかった場合のそれよりも約三〇パーセント減価すべきものとしていることが認められ、その程度は決して軽微なものとはいえない。

ところで、民事執行法七五条一項は、「最高価買受申出人又は買受人は、買受けの申出をした後天災その他自己の責めに帰することができない事由により不動産が損傷した場合には、執行裁判所に対し、……売却許可決定後にあっては代金を納付する時までにその決定の取消しの申立てをすることができる。ただし、不動産の損傷が軽微であるときは、この限りでない。」旨規定しているが、最高価買受申出人らが買受けの申出をする前に不動産が損傷した場合については、なんらの規定も設けていない。その理由は、この場合の損傷は、民事執行手続上、評価人がこれを斟酌して不動産を評価し、執行裁判所がこの評価に基づき不動産の最低売却価額を決定し、物件明細書の記載にこれを反映させるべき筈のものであるから、これにつき、理論上同旨の規定を設けるまでの必要がなかったことによるものと解せられる。しかし、現実の実務においては、執行官による現況調査・評価人による評価、執行裁判所による最低売却価額の決定及び物件明細書の作成がなされてから不動産に対する買受けの申出がなされるまでの間、不動産に損傷が生じても、これが見過ごされたまま、その手続が最高価買受申出人による買受けの申出以後の段階にまで進んでしまうことも全く無いものとはいえない。そうすると、このように、買受けの申出がなされる前に不動産が損傷した場合であっても、その損傷は、最低売却価額にも、物件明細書の記載にも全く反映されなかったことになるわけであるから、最高価買受申出人らの立場からすれば、買受けの申出がなされた後に不動産が損傷した場合となんら選ぶところはないものというべく、したがって、同条は、このような事例の場合にも類推適用されるものと解するのが相当である。また、同条にいう「天災その他による損傷」とは、直接的には地震・火災・人為的破壊等の物理的損傷を指すわけであるが、同条の立法趣旨に照らすと、このような損傷がない場合でも、不動産の交換価値が著しく損われたときや損われていることが判明したときは、同条が類推適用されるものと解すべきである。

そこで、これを本件につきみるに、前記のとおり、本件不動産におけるリンチ殺人事件は、前記現況調査報告書、評価書の各作成・提出、最低売却価額の決定及び物件明細書の作成がなされたのち、最高価買受申出人たる申立人が本件不動産を買受ける旨の申出をするまでの間に発生したものであり、しかも、同事件発生の事実は、最低売却価額の決定や物件明細書の記載に全く反映されていなかったこと、申立人は、この件を事前に知らないまま、前記買受けの申出をしたが、この件を事前に知っていたならば、上記金額で本件不動産を買受ける意思はなかったこと、補充評価命令を受けた前記評価人は、本件不動産の評価額は、リンチ殺人事件の発生により市場性が大幅に減退し、これがなかった場合に比して三〇パーセントも減価している旨判断していることが明らかであり、これと本件に現われた一切の事情を考慮すると、申立人は、同条を類推適用して、同裁判所に対し前記売却許可決定の取消しの申立をなし得るものというべきところ、申立人の本件申立は理由があるのでこれを認容し、前記売却許可決定を取り消すこととして主文のとおり決定する。

(裁判官 松本朝光)

<以下省略>

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